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ウクライナ戦争と近衛文麿の洞察【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」44

佐藤誠三郎(1932-1999)/政治学者、東京大学名誉教授。大平正芳、中曽根康弘両内閣のブレーンを務め、保守派の論客として知られた。

 

 

◆戦争にたいする評価を決めるもの

 

 近衛の主張について、佐藤誠三郎は以下のように論評します。

 

 【国際関係にたいする理想主義的アプローチそれ自体を、適応すべき現実、ないし順応すべき大勢とする現実主義は、理想主義へのシニシズムに容易につながりうる。とくに世界的に優越的地位を保持しているアメリカとイギリスとにおいて、権力政治の否定がもっとも強く主張される時、野心的な中進国日本のなかに、それへの反発が育まれるのは当然である。】(同)

 

 分かりやすく言い直しましょう。

 

 国際秩序において、ボス的な立場にある国が「みんな仲良く平和にやろう」と言ったとき、各国がそれに賛同するのは、「仲良く平和にやる」という理念が素晴らしいからなのか(=理想主義)、ボスに反抗して睨(にら)まれたくないという打算のせいか(=現実主義)は微妙なところである。とくに日本は、一つ間違えれば欧米列強の植民地になりかねない状態から出発して、五大国の一角に入り込んだだけに、「自分に都合のいい状態を守りたいだけだろうが、キレイゴトを言いやがって」と思う者が出てくるのは当然だった。

 

 けれども、強者への反発だけで片付けるのはもったいない。

 「英米本位の平和主義を排す」には、戦争をどう評価するかという点をめぐる鋭い洞察が見られるのです。

 

 まず近衛は「国際秩序のあり方(=現状)を本当に変えたかったら、結局は武力に訴えるしかない」という認識から出発する。

 世界の現実に照らして、これは今なお多分に正しいと言わざるをえません。

 大きな変革は、既得権益の喪失をほぼ確実に引き起こす以上、話し合いによって実現するのはきわめて難しいのです。

 

 したがって「何でも話し合って平和的に」と構えるのは、大きな変革を抑え込むことで既得権益を守る効果を持つ。

 なるほど「現状維持を便利とする国は平和を叫び、現状破壊を便利とする国は戦争を唱ふ」ではありませんか。

 

 ここまで来れば、

 「とにかく平和は尊い、だから戦争はダメ」

 という発想ですべてを割り切ることはできなくなる。

 

 事を荒立てまいとするばかりに、弊害だらけの現状が続くとしたら、いかんせん望ましいとは言えません。

 逆に武力行使によって犠牲が生じたとしても、現状が顕著に改善されたとしたら、それは肯定されるべきではないでしょうか。

 

 まさに「平和主義なるゆえに必ずしも正義人道に叶うにあらず、軍国主義なるがゆえに必ずしも正義人道に反するにあらず」。

 「とにかく平和は尊い、だから戦争はダメ」の風潮が根強い戦後日本すら、戦前、とりわけ昭和初期の軍国主義という「現状」を改善するには、アメリカによる武力行使と占領が必要だったと見なしているのですぞ!

 

 だからこそ、「要はただ、その現状なるものの如何(=よしあし)」が問題だという結論になるのですが・・・

 国際秩序の現状が、どの程度望ましいか、あるいは望ましくないかは、それぞれの国が置かれた立場によって異なるはず。

 これは何を意味するか?

 

 そうです。

 近衛文麿が主張しているのは、

 〈戦争にたいする評価は、国際秩序のあり方が自国にとって持つ意味合いで決まる。望ましければ戦争は否定され、望ましくなければ肯定される〉

 ということなのです。

 

 裏を返せば、いかなる戦争であれ、唯一絶対の普遍性を持った評価など存在しない。

 われわれは主体性をもって、おのれの自由と責任のもと、それぞれの戦争にたいする評価を決めねばなりません。

 

 ならば近衛公の洞察に基づき、「日本(人)にとってのウクライナ戦争」を評価するとしたら、どういうことになるか?

 この先は次回、お話ししましょう。

 

文:佐藤健志 

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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